あ、そうか。
きっとわたしはもう、人間のふりをするのに疲れたんだ
小説の概要
著者:石川宏千花
自分は本当はロボットなのだと錯覚して、人間ではないから食べなくてはいいのだと、食べる事を辞めてしまった中学生の少女。
娘が痩せていくのを間近で見て、苦悩していく母親。
そんな少女の唯一の理解者である少年まるとの物語。
登場人物
| <鈴木多鶴> 女子中学生。母子家庭。 自分をロボットだと思い込み、摂食障害に。 |
| <丸嶋羽津美> 通称まるちゃん。 多鶴の同級生。 |
| <鈴木千鶴子> 多鶴の母親。 生活雑貨のデザイナーでフリーランス。 |
| <いっちゃんさん> 千鶴子の元同僚。 |
| <丸嶋友次> まるちゃんの従兄弟 |
| <おばあちゃん> 多鶴の祖母。 母の千鶴子との仲は微妙。 |
摂食障害の原因
摂食障害って、とにかく食事をしてはいけないという強迫観念に駆られるようです。
今回の主人公の多鶴は自分はロボットなんだと思い込み、よって人間がする食事をする必要はないと考えます。
多鶴のパターンは特殊で複雑ですが、あまりにも多鶴の心情描写が淡々としていて(まあロボットと信じ込んでいるので感情が湧いてこないのかもしれないですが・・・)
年ごろの女の子がガリガリにやせ細っていき、道行く人が振り返るほどの容貌になっていったことを、多鶴自身はどう考えていたのか詳しく知りたかった。
あくまでも多鶴はロボットとしての自分の原因を探ろうとし、まるちゃんは人間としての原因を探ろうとしていた点が面白かったです。
結局、多鶴がこうなったのは、はっきりとした原因は分からなかったけど母親の事、父親がいない事、いっちゃんの事など複合的な理由かな。
多鶴の意思
結局、多鶴は自分を人間だとは思えなかった。あくまでも本の中では。
母親の千鶴子は、当然我が子がおかしくなってしまい多鶴を悲観的に見ますが、少年のまるちゃんはそこを一切否定しませんでした。
千鶴子は千鶴子なりに頑張っていて、決して悪い母親ではないのです。
多くの人は千鶴子と同じ対応になるんじゃないかと思います。
自分はロボットだと言い張る多鶴に合わせられるまるちゃんが、大人びていて冷静さがすごかった。
面倒見のいいお兄ちゃん的な感じとも少し違う気がするし、なかなか中学生であそこまで出来る子はいないのではないでしょうか。
タイトルに希望
ラストはあやふやな感じで終わりますが、多鶴にはまるちゃんが付いているので、きっと大丈夫だったんでしょう。
そしてタイトルには『ロボットだったころ』と過去形になっています。
おそらくですが大人になるにつれ多鶴の心の病も治ったのではと勝手に思っています。
タイトルから見るなら、中身は多鶴の回顧録として読めばスッキリしました。
「わたしが少女型ロボットだったころ」の感想
珍しく図書館に行った時に、おススメコーナーに置いてあったのと、表紙が可愛くて思わず手に取り、何となく借りました。
後で知りましたが児童文学に分類されていました・・・。
主人公は多鶴とまるちゃんなのですが、完全に私は母親目線で読んでしまってました。
摂食障害の人の原因は様々とは思いますが、多鶴の心情がやたらと生々しくて、この物語ってもしかして著者本人か身近な方の実体験かと思いました。
それにしても、まるちゃんは少年のはずですが、あまりにも大人びていて達観していましたね。
ある意味、多鶴の母親よりも大人でした。
自分も主人公たちと同世代の頃に読んでいたら、また全然違った感じを受けるのかもしれない。