ただ好きで
ただ会いたいだけだった。
「紙の月」概要
著者:角田光代
梅澤梨花は、夫と2人暮らしの平凡な主婦。
知り合いに勧められ、銀行にパートで勤め始める。
何不自由のない暮らしなのに、ある日デパートでふと高価な化粧品を購入し、現金が足りなくなった。
後で返せばいいと、軽い気持ちで銀行のお金に手を出してしまう。
登場人物
| <梅澤梨花> 銀行でパートをしている主婦 25歳で結婚して夫と二人暮らしだったが、銀行で横領事件を起こして逃亡中。 |
| <平林光太> 大学生 梨花の大口顧客の孫。後に梨花の愛人となる。 |
| <平林孝三> 独居老人。 梨花の顧客で一番の大口客。 |
| <梅澤正文> 会社員で梨花の夫 梨花の2つ年上。紹介で知り合い結婚。 |
| <岡崎木綿子> 梨花の中学、高校のクラスメイト 梨花に憧れていた。夫と娘と暮らしており常に節約している。 |
| <中条亜紀> 出版社勤務 梨花とは料理教室仲間。バツイチでブランド好き。 |
| <山田和貴> 梨花の元彼 妻の牧子と子供二人で暮らしている。 |
罪の意識がない
梨花は自分自身も洋服や化粧品を購入し、恍惚とした気分になっていたりもするのですが、主な使い道は光太のために(光太に施している自己満足のために)使っています。
高校の時に貧しい国の子供たちに寄付した感覚と同じ感覚です。
現に梨花は自分が贅沢したいというようなシーンはなく、休暇を共に過ごせる夫との慎ましい生活に憧れていると描写されています。
映画とドラマも見ましたが、梨花も光太との生活はいつまでも続かないとは分かっていても、それを考えるのを拒否し続けました。
もちろん罪の意識もないです。
自分が施した相手の喜ぶ様子を見て自分も喜び、犯した罪については、まるで頭の隅っこに追いやっているかのようです。
この状況を光太は徐々に息苦しく感じ、ここから逃げたいと思うようになります。
エスカレートしていく横領
最初の頃、梨花は本気で返すつもりだったんだと思います。
ちょっと借りる感覚。
前に父親の財布からお札を抜き取り、募金したように。
軽い気持ちだったんだと思います。
しかし、最後の方になるとどこの誰からいくら横領したのか、自分でも全く把握できなくなっていきます。
そして、こっちのお金を補填するために、別の所からだまし取る。
もう自分でも訳が分からなくなっている状況が、切羽詰まっていて本当に怖かったです。
著者の角田さんの筆力もあり、梨花の焦りが手に取るように伝わってきました。
分かる部分も・・・
何となく分かる部分もいくつかだけありました。
デパートで化粧品を買うと高揚するとか、女性なら誰でも経験あるんじゃないでしょうか。
また光太の前では、大金持ちの夫がいるが退屈している主婦のフリをします。
これも何となくわかります。
そして光太も徐々に変化していきます。
最初はお金を拒んでいた光太も、慣れてくると当たり前のようになってしまい、徐々にダメな方向に行ってしまいました。
この過程が丁寧に書かれていて非常に面白かったです。
誰もがなりうる
映画やドラマには無かったのですが、原作には他にも梨花予備軍な女性が登場します。
節約主婦の木綿子も、ブランド好きの亜希も、夫の収入に不満のある牧子も、一線を越えるか超えないかの違いで、誰もが梨花になる可能性があります。
そう考えると、ないないと思っている私自身も、きっかけと環境さえ揃えばそうなる可能性もあるのだろうか?
と一瞬考えてヒヤッとしてしまいました。
梨花の性格
専業主婦の梨花は料理教室で亜紀にこう言います。
「人のお金で遊んでるような罪悪感がある」
小説「紙の月」より
営業先で梨花は顧客から雑用を頼まれます。
電球を変える、門に油をさす、瓶のふたを開けるなど。要は雑用です。
嬉しかった。おまえにはまだ価値があると言われたようで
小説「紙の月」より
私なら雑用は嫌だと思ってしまうけど、誰かに必要とされることで喜びを感じる梨花の性格が分かります。
逃亡する前に梨花は、自分の顧客で少し痴ほうの進んでいたたま江を受け入れてくれる有料老人介護施設を探し、パンフレットと預金通帳を井上宛に投函する。
そしてマンションに残したままの光太が巻き込まれないように指示を出す。
これらの事からも、実際は真面目な人間な事が分かります。
「紙の月」を読んだ感想
角田光代さんの小説は、普通の家庭や普通の主婦が主人公な事が割とあるのですが、この「紙の月」も主人公は普通の主婦です。
むしろ一軒家に住み、旦那とも仲睦まじく、何不自由のない暮らし。
パートのお金も自分の小遣いに出来るほどなので、経済的に苦労しているわけでもありません。
それまでは専業主婦で綺麗なお弁当を作り、朝食を作り、夫を送り出したら家を丁寧に掃除して、週1度料理教室に通う。
他人から見ると(私も含め)ちょっとうらやましい、何なら変わってほしいくらいの生活ぶりです。
梨花は繊細なのか、夫の何気ない一言にモヤモヤしていくのですが、読んでいても私なら平気で笑って聞き流せるレベルです。(時計の部分だけはちょっと腹が立ちましたが・・・)
さらに光太という、梨花にとっては新鮮な愛人を得た事で、たがが外れて歯止めが利かなくなっていったようです。
梨花はあの時「もしも」と考える場面はありましたが、後悔してるような場面は一切なかったです。
とにかくスピードを上げて破滅へ向かう過程が怖くもあり、面白くもありました。
梨花の夫がもう少し梨花と向き合っていれば、もう少し梨花に関心を持ってくれていれば、マウント取らなければ、梨花は良い奥さんのままだったんだろうなと思うと非常に残念。
映画化・ドラマ化
2014年に宮沢りえさん主演で映画化されています。
梨花の不正を見破る銀行員役で小林聡美さんが熱演しています。
逃げる時に梨花がこの小林聡美さん扮する銀行員に「一緒に来ますか」っていうシーンが印象に残っています。
ドラマでは原田知世さんが主演でした。
個人的には映画の宮沢りえさんは男好きで何となく横領しそうって感じでしたが、ドラマの方は「えっ!まさか!!あの人が!!!」って感じでした。
見る人の好みになりますが、ドラマの方が好きです。