稲のように、
自由に伸びろ、生きろ
「生きるぼくら」概要
著者:原田マハ
第2回徳間文庫大賞受賞。
母と二人暮らしで、引きこもりの麻生人生。
ある日、母が置手紙をして出ていったどうしよう。
余命数か月です。という祖母の年賀状を頼りに、蓼科に向かう人生。
そこには少しボケてしまった祖母と、人生の父の再婚相手の連れ子つぼみが!
奇妙な三人の暮らしが始まる。
村の人の助けを借りて、米作りを始める人生とつぼみ。
徐々に明らかになっていく、人生の父親の真実。
登場人物
| <麻生人生> 24歳引きこもりニート4年目 恋人・友人なし母とアパートで二人暮らし。 |
| <中村つぼみ> 21歳 両親とも亡くしている。人生の父親の再婚相手の娘。 |
| <中村麻朝> 人生の父方の祖母マーサばあちゃん 長野県茅野市暮らしており、少しボケている。 |
| <中村新多> 人生とつぼみの父親 ガンで死亡している。 |
| <久米志乃> そば屋の奥さん 世話好きで、人生を麻朝の家まで送ってくれる。 |
人生の大切なもの
友達もいない引きこもりの人生は、ネットが世界の全てでした。
人生が大切にしていた型遅れの携帯を、麻朝ばあちゃんは湖に落としてしまいます。
愕然とする人生に携帯を拾って渡すつぼみ。
しかし、せっかく拾ってくれた携帯を投げ捨てます。
このシーンすごく強烈にインパクトありました。
それまで綺麗な湖の描写があり、ほのぼのした雰囲気だったのに、携帯を落としたのをきっかけに妙な空気になってしまいます。
後の人生の心の声です
携帯電話を持っているからって、世界と繋がり続けている錯覚に陥っている、幼稚な人間の顔自分で自分の顔を見るのが、どうしようもなくいやだった
『生きるぼくら』より
自分にもほんの少しだけ当てはまる気がして、ドキッとしました。
もしスマホを誰かに落とされてしまったら、こんな風に考えられるかな・・・。
つぼみとの出会い
東京にいた時は母に生活の面倒を見てもらい、部屋にこもっている毎日。
会話もなく、ただ生きている。
しかし人生は蓼科に行き、祖母の認知症を知り重荷になってはいけないと、清掃員のバイトを始めます。
元は恐らく真面目な性格なのでしょう。
評判は上々。
毎朝つぼみにお弁当を作ってもらい、車で送ってもらう。
何でもない事なのに、人生は働く喜びを覚えます。
そして昔ながらの米作りをしていた祖母が今年は諦めようとしていたのに、人生とつぼみは米作りをやろうと言い出します。
つぼみは麻朝ばあちゃんの世話、人生は米作り。
米作りの描写がかなり長いけど、ご飯食べたくなりました。
所々人生が母親の事を思い出すのも結構グッときます。
純平との出会い
清掃の仕事で知り合った田端さんの息子の純平が米作りに参加します。
純平はマスコミ志望の就活生で、チャラチャラした今どきの男の子。
人生は暖かい目で見守りますが、純平は途中で投げ出してしまいます。
それでも人生は、稲が育った写真を毎日純平に送り続けます。
熱意が伝わったのか、とうとう純平が戻ってきました。
文句を言いながらも内心は気になっていたようです。
そしてマスコミ志望と言っていた純平も、小さな会社での就職が決まりました。
フラフラしてる印象という面では、純平も人生と似ていたのかもしれません。
でも最後は二人とも地に足をつけましたね。
好きな場面
- 人生が東京に戻ると言ったが、やはり辞めたところ
- 上にも書いてますが、麻朝ばあちゃんが携帯を落とす場面
- 人生たちが毎回おにぎりを食べるところ(描写が美味しそう)
「生きるぼくら」を読んだ感想
最初の頃の人生と、最後の方の人生と180度別人になってます。
人間こんなに変われるものだろうかと、ちょっと出来過ぎな感じはありますが、それが心地よいです。
また登場人物に嫌な人間が一人も出てきません。
こういう小説も清々しくていいです。
私自身は田舎はあまり好きではないのですが、田舎の良い面だけを凝縮したような村で、小説の中の生活が羨ましくもありました。
環境さえ変われば引きこもりも脱出できるのかなあ?
小説の中は、お母さんがいきなり消えるというかなりの荒療治でしたけど・・・。
つぼみとの距離が近くなるにつれ、徐々に色んな事が明らかになっていき、最後そういう事かあってなるのが感動。
そして作中に出てくるおにぎりが本当に美味しそうで、上等のお米買ってきて塩にぎり作りたくなりました。
ラストはきっちりとは終わってないのですが、きっと人生が母親連れて蓼科に戻ってみんなで暮らすと勝手に想像しておきます。
赤の他人がなりゆきで一緒に暮らす話って、結構おもしろいんですよね。
「あの家に暮らす四人の女」や「昨夜のカレー、明日のパン」も他人同士が一緒に暮らす話です。
ドキドキのサスペンスもいいですけど、読後にほんわかした気分になる小説はやはりいいですね。